EMS双眼望遠鏡 SCHWARZ 120mm F8.3


この双眼望遠鏡はEMSの発明者である松本龍郎 氏が設計製作され、天体用として数々の優れた機能を供えた両目で観望出来る望遠鏡です

EMS (Erecting Mirror System) とは
「2枚のミラーのみで90度対空かつ正立」を実現する接眼部光路変換機構で、像質の劣化が無く、対物レンズと接眼レンズの性能を遺憾なく発揮する優れたシステムです。 (氏が特許を取得されています) 通常天体望遠鏡で天頂付近を観望する場合、直視のままでは首が痛くなるので水平に覗ける天頂プリズムを用います。 これは上下は正像ですが、左右は逆像、つまり鏡の中の世界と同じ裏像で実際にはあり得ない像となってしまいます。プリズムにより正立を得るためには複数の構成が必要となり、特に2インチ口径の接眼レンズに対応する場合、重量や筐体サイズが大きくなります。 EMSはそれらの問題を一気に解決する画期的なシステムであり、単眼望遠鏡に最適なのはもちろんのこと、双眼望遠鏡にはその優れた特性を発揮してくれます

なぜ双眼で星を観るのか
双眼鏡で四季折々の花々や鳥など観たときに、今そこにあるかのような臨場感や質感に感動を覚えた方も多いと思います。 もちろん単眼鏡(フィールドスコープなど)でも対象の様子はよく判りますが、「臨場感」では双眼の方が優れています。 この「臨場感」とは一体何でしょう?  理論的に解説することは私には到底出来ませんが、双眼で得られる光の量は単眼の2倍でも、頭の中で処理され感覚として認識される情報の広さと深さはその何倍にも達するのではないか・・と思います。 天体観望でも「臨場感」について同じことが言えます。 双眼で観る月はただ単に距離が縮まった感覚だけではなく、球体であることを感じさせてくれ、山や谷なども深さのゴツゴツとした感覚まで認識出来ます。月までの距離は双眼望遠鏡の眼幅と比較すると、ほぼ完全な無限遠方点ですから「両眼による三角測量」は成り立たないはずです。 しかし確かに「月が球体に見える」 これは何とも不思議で単眼では味わえない世界です。 また双眼は単眼に比べて疲れが少なく長時間快適に観望出来ます。 快適であること、それは道具を使う上で最も重要な要素だと思います。

天体用の双眼望遠鏡として欲しい機能
@暗い天体を見るために出来るだけ多くの光を集められるよう口径が大きい方が望ましい Aレンズは諸収差が少なくシャープでコントラストが高い方がよい  B接眼鏡(アイピース)は2インチ径のものを含め自由に交換したい  C天頂付近も無理なく観望出来るよう90度対空型、もちろん正立像  D光路変更に伴う像質劣化は最小限  Eアイピース交換などに伴う光軸の微調整はユーザが簡単に行える  F水平から垂直まで、かつ360度あらゆる方向に自由に鏡筒を向けられ粗動・微動ともスムーズで、かつクランプ操作無しで停止出来るのがよい  G優秀なファインダ及び天体導入用のエンコーダが取り付け可能  H暗闇で使うので操作が簡便で組立撤収が容易  I左右鏡筒の平行度や眼幅調整機構が堅牢で再現性が完全
他にもまだあると思いますが、上記だけでもかなり特化された厳しい条件のため、私の知る限り市販品ではすべてを満足する製品は無さそうです。 従って天文ファンの中には自作される方も多いので私も当初は自作を考えていました。しかし「眼幅調整」と「90度対空正立、2インチ対応」「光軸調整機構」ついてはとても私の手に負えるほど簡単ではないことが判り、あっさりと自作は断念しました。 そうこうしている内に氏に双眼視についてお教え頂いたのがきっかけで、氏がEMSを使った双眼望遠鏡を製作販売されることを知り「これだ、これしかない!」と製作をお願いしました。 納品された製品は上記条件を十分に満足し、期待を遙かに上回る素晴らしいものでした 

私が所有するEMS双眼望遠鏡の基本スペックは以下のとおりです
鏡筒/SYNTA社(笠井トレーディング)SCHWARZ D120mm F8.3アクロマート  接眼部/EMS、右側には光軸微調整機構付 ファインダ/8×50光学式、LEDサイト式  経緯台/ビクセンHF型  質量/双眼部14.5Kg(接眼部・鏡筒架台共、アイピース除)、HF経緯台+三脚7.6Kg  全長/1060mm  全幅/360mm


EMSbino@
全体像
大きさの感じを出すためにモデルさんをお願いしました

EMSbinoA
8×50ファインダ(左鏡筒)、LEDサイトファインダ(右鏡筒)

鏡筒のツヤのある黒とアルミ製架台のコントラストが不思議な美しさを醸し出しています

移動組立撤収は双眼部と経緯台+三脚部の二つに分けて行いますが、極めて簡単に作業が完了します

三脚はHAL脚、剛性が高い断面形状で、長く重いF8.3を搭載するために氏がお付け下さったものです
EMSbinoB
架台は丁寧に切削加工・組立され、いわゆる手抜きなどは全く存在しません

中央に見える横方向の2本のシャフトは眼幅調整用の機構で、ロックネジを緩めると写真で右側の鏡筒が極めて滑らかに平行移動します


HF経緯台を使用しているのでGPエンコーダの取り付けも可能です(私は自前のステラガイドを搭載しています)
EMSbinoC
双眼望遠鏡の心臓部、EMS接眼ユニット
もちろん2インチ対応
滑らかな曲線を持つ繊細で美しい仕上げ、かつ剛健で、重い2インチアイピースを安心して装着出来ます
EMSbinoD
右側EMSの第一ミラーユニットに搭載されている光軸微調整機構のノブ
垂直・水平方向に像のシフトが出来、私の様な素人でも少し練習すれば驚くほど簡単に微調整が出来てしまいます。EMS式双眼望遠鏡の優れた特徴の一つです

(眼幅調整機構を含めた左右鏡筒の平行度を正確に追い込んである氏の製品だからこそ可能な技です)
EMSbinoE
LEDサイトファインダ
(対物レンズ側から望む)

少し滑稽(失礼^^)な形状ですが、優れものです
ミラー上にLEDの赤い二重円ガイドが照らし出されそこに見たい天体を合致させるだけで視野導入完了
視界2.5度の場合、導入成功率は100%でした
ガイド円の明るさ・点滅・位置の微調整機構も付いています

見え味について

私は光学知識が乏しいし、経験も豊富とは言えないのであくまで感想です

昼間の風景では、遠くの電柱に取り付けられている装柱材のボルトやナットがくっきりと手に取るように判り、碍子の周りにはアクロマート特有のまとわりつくはずのハロは殆ど見えません。しいて重箱の隅をつつけば色つきはあることはあるが邪魔にはならないと言ったところでしょうか。碍子の表面で反射する小さな光の点は陽炎に揺らぎながらあくまで極小点に収束しているのが判ります。 花や木々は微妙な色合いや水々しさが眼前
に広がりいつまで観ていても見飽きません。経緯台の操作感が抜群なので飛行中の鳥を追跡することも容易で、旋回しているトンビの羽根の美しさにハッとさせられることもあります。
最初に観たのが昼間の景色で、既にその時この双眼望遠鏡の並々ならぬ能力を予感していましたが、星空についてはさらに凄いものでした。視界中心の恒星像を見ながら近距離側から無限点へ静かにピントを追い込んでいく・・・深く小さな光点に収束して恒星の輝きが頂点に達し、目が痛くなるほどです。月はまるですぐそこにあるかのような球体、明暗と細部の様子が見事なクレーター、二重星団は視界いっぱいに色とりどりの微恒星が広がり例えようのない美しさに目を奪われます。

現在ペアで所有している唯一の2インチ低倍率アイピース(WideScan30)による超広視界双眼視、そこにはもはや「筒から覗いている」という感覚はほとんど存在せず、漆黒の宇宙空間に漂う船から窓の外をみていると言った方が良い世界です。90度対空型なので低空の星空を観望しているときは顔は下を向いているのですが、アイピースの向こう側の宇宙空間に落ちそうな錯覚に陥ることすらあります。

SCHWARZは「大口径、眼視専用、低廉のアクロマート」と言われているようですが、私の観た限りでは「値段の割によく見える」などという低いレベルでは無さそうです。
もちろんその性能を遺憾なく発揮してくれるのは像質劣化の無いEMSの底力があるからだと思います。
双眼視による宇宙、その臨場感を一度味わうと単眼の世界には戻れないかもしれません。多分私は戻らないでしょう。

2001.08